「登校すれば幸せ」とは限らない 不登校対策で民間業者と「連携」した板橋区の迷走 政治家の影もちらついて

2024-08-18     HaiPress

不登校対策を巡り、東京都板橋区でドタバタ劇が展開された。不登校児童・生徒の支援をする民間企業が区教委との連携を発表。ところが約1週間後、区教委がこれを否定するコメントを出した。背後には政治家の影もちらつく。一体何があったのか。(木原育子、山田祐一郎)

ウェブサイト上でスダチとの連携を否定する東京都板橋区教委

◆「平均3週間で再登校できる」?

今月5日、不登校児童・生徒の支援をする会社「スダチ」(東京都渋谷区)が板橋区と連携し、オンライン支援していくとのプレスリリースを発表した。板橋区教育委員会も9日、「一部の学校で試行を始めた」とコメントを出し、「連携」を印象付けた。

これに対し、不登校の子を持つ保護者の団体などが疑義を呈した。スダチの「平均3週間で再登校できる」と登校に重きを置く姿勢や高額な料金設定、子どもではなく親に働きかける手法などに異論が出ているからだ。「子どもの声を聞かずに登校させて大丈夫か」といった不安の声も少なくない。行政が後押しするとなればなおさらだ。

SNSを中心に「連携」に批判が高まると、区教委は13日、「その事実はございません」と一転。「試行」も「誤解を招く表現でした」とひるがえした。

この一貫性のない動きは何だったのか。

◆区教委にスダチを紹介した政治家

区教委指導室の冨田和己室長は「『連携』というと、協定を結び事業化する印象があるが、そうではない。ただ、保護者にアプローチしていくスダチの手法は教育委員会にはできないので、参考になる部分があった」と歯切れが悪い。

実際には、両者は5月に話し合いの場を持っている。7月下旬には区教委が一部の小学校にスダチを紹介していた。「連携や試行ではない」という区教委の説明は、すんなりとは受け入れ難い。

そもそも区教委はなぜスダチと接触したのか。冨田室長は「区議から紹介があった。スダチからも積極的アピールがあった」と打ち明けた。区議とは間中倫平氏(自民)だという。

◆特定業者に便宜を図れば法に抵触のおそれ

区は不登校支援計画で、再登校が最終的なゴールとは位置付けていない。再登校に重点を置く企業と連携を探るのは、基本方針と齟齬(そご)がないか。冨田室長は「方針変更ではなく、あくまで多様な支援の一つにという思いだった」と釈明する。

一方で、区議が特定業者に便宜を図るのは場合によっては法に触れかねない。ましてや教育行政への口出しは、教育の中立性を脅かす政治的介入ともとれる。

だが間中区議は「スダチだけでなく、これまでも多くの人を板橋区に紹介し、つないできた」と意に介さない様子。「スダチの手法は斬新で教育メニューは幅広い方がいい」と続ける。

自民党の下村博文氏(資料写真)

◆下村博文衆院議員もスダチを推した

もう一人、スダチを推す政治家がいる。板橋が地元の下村博文衆院議員だ。5月、自身が会長を務める教育団体の総会で「スダチさんが行政側と連携すると仮定した場合に」と切り出し、「親が変わらなければ、子どもも変わらないというのが最も本質的な問題だ」と発言。「民間と行政側が連携しながらサポートし、国民運動として広げていきたい」とスダチに賛意を送った。真意を聞くため、質問状を事務所に送付したが、16日夕現在、回答を得られていない。

スダチは今回の騒動をどう受け止めているか。小川涼太郎代表取締役(30)は「板橋区の支援メニューの一つとしてトライアルで進めていくことは合意できていたが、全て取りやめに。残念です」と語った。

市民団体が板橋区に提出した質問状のコピー

◆圧倒的に欠ける「子どもがどうしたいのか」

15日、不登校児童・生徒の保護者や支援者でつくる市民団体が連名で、板橋区長と教育長宛てに経緯をただす質問状を送った。

団体の一つ、NPO法人「多様な学びプロジェクト」代表理事の生駒知里さん(46)はスダチとの「連携」の動きを巡り、「再登校をゴールに定めすぎて、本人がどうしたいかという視点が圧倒的に欠けている。不登校の子どもがどう回復ルートをたどっていくのか、行政も社会ももっと知ってほしい」と願う。

フリースクールを20年間運営し、NPO法人「フリースクール全国ネットワーク」代表理事を務める中村尊さん(57)は「夏休み明けが迫るこの時期は子どもの精神的負担が大きくなる。無理やり学校に行かせることを行政が促しているようにも取れ、見過ごせなかった」と懸念を表す。

◆数日間だけ登校、その後に悪化

市民団体のメンバーで、次女が不登校になった際にスダチを利用した女性(52)は「100%学校に戻れると言われ飛び付いた」と振り返る。利用料は総額40万円超と高額なのに正式な契約書はなく、やりとりは全てオンラインだったが「わらにもすがる思いだった」。

指示通り、ゲーム機や携帯電話を没収し、事前に決めた目標を達成できたら意識的に褒めるようにした。3カ月後、確かに数日間は登校できたが、再び行けなくなり逆に悪化。自傷行為にも及び、スダチと距離を置いた。現在は通信制の高校に通っているという。

NPO法人などが板橋区に提出した質問状のコピー

不登校の当事者でNPO法人「登校拒否・不登校を考える全国ネットワーク」理事の武山理恵さん(43)は「無理して学校に行けても一時的なもの。不登校は小手先で解決できるものではない」と強調する。

◆「登校だけに目的を置いた支援がいかに攻撃性をはらむか」

文部科学省によると、2022年度、不登校の小中学生は29万9000人、全児童生徒に占める割合は3.2%と過去最高となった。2017年施行の教育機会確保法に基づき、同省は不登校児童・生徒への支援の基本方針を「『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではなく、児童生徒が進路を主体的に考えて社会的に自立することを目指す必要がある」と位置付ける。

不登校ジャーナリストの石井しこう氏は「かつて、文科省は不登校の早期発見、早期学校復帰を呼びかけてきた。その結果、支援と称した暴力的行為で子どもたちが傷ついてきた歴史があり、現在の方針に見直されてきた」と説明する。公民連携の必要性を認めつつ「登校だけに目的を置いた支援がいかに攻撃性をはらむかを理解せずに話が進められていたとしたら残念だ。自治体はむしろ、必ずしも『登校すれば幸せ』というわけではないことを訴える立場ではないのか」と今回の騒動を受け止める。

コロナ禍ではリモート型の学びが広がった。だが「教育現場では依然として、通学以外は『学び』ではないという意識が根強い。学校への回帰が急速に進んでいると感じる」と危ぶむ。

長野県内のフリースクール。同県は本年度、全国初のフリースクール認証制度を始めた

◆民間実施の支援をチェックする仕組みがない

不登校の深刻化に伴い、フリースクールやNPO、企業など民間による当事者への支援は拡大している。東北大の後藤武俊准教授(教育行政学)は「不登校の生徒らには、標準の学級とは別の空間での多様で丁寧な対応が求められるが、学校や行政の態勢に余裕がない」と、背景にある教育現場の人員不足を指摘する。

教育機会確保の観点から、自治体は不登校児童・生徒の保護者に対し、学校以外の学びの場について情報提供することが求められるが、後藤氏は「現状、民間が実施する支援を規制やチェックする仕組みがない状態で、自治体側が一つ一つ質を評価することが難しい」とし、こう訴える。「現在は、学校以外に学びの場が広がる変化の段階。行政が民間の支援に一定の基準を設け、段階的に公的補助を与える認証制度のような仕組みが必要ではないか」

◆デスクメモ

板橋区教委の対応は不可解だ。「連携」を完全否定するなら、あいまいな態度を見せず、もっと早くてよかったはず。業者を紹介した議員への気遣いだとしたら、教育の中立性の面で危うい。拡大する不登校問題に教育行政が追いつけず、対応が確立していない実態も感じさせる。(北)

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