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戦中、戦後の在日朝鮮人の苦悩描く きむきがんさん 一人芝居 来月、立川で
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2024-10-23 HaiPress
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令和の夏は長かった。仲秋だというのに、真夏のような日差し。漱石もこの辺りを歩いたのだろうかと思いを馳せ、坂道を登ったり下ったり。汗だくになってたどり着いたのは、東大正門の目の前にある喫茶店「こころ」。もちろん、漱石からきているのだろうが、漱石が訪れていたわけではない。
扉を開けると、テーブルやソファーの素材が懐かしい昭和の風合いを維持している。約70年前から経営しているこの店は、今は飲み物とスイーツ程度だが、喫煙OKの純喫茶。多くの東大生の憩いの場となっていたのだろう。クリームソーダの泉に浸った私は、東大の門を潜ることにした。前を通ることは何度かあったけれど、中に入るのは初めて。イチョウ並木は自然の冷房のように涼しく、両脇に佇む校舎の彩りは、歴史と重みを感じさせる一方で、木陰のベンチに座る人々の光景は公園のようで。秋が深まれば、美しい色彩が繰り広げられるのではないだろうか。
正面の安田講堂を曲がり、進むと陽光を反射する池でたくさんの鯉や亀が泳いでいる。育徳園心字池。そう、ここが小説「三四郎」の舞台となった池。通称「三四郎池」。心の文字を象っているのだそう。漱石が東大で英文科の講師になったのが明治36年(1903年)。明治40年(1907年)に教職を辞し、朝日新聞社へ入社。本格的に作家としての道を歩むことになる。その後、「三四郎」「それから」「門」、前期3部作を発表した。安藤坂。金剛寺坂。伝通院。この界隈は漱石の作品にしばしば登場する。漱石の目に映った景色とは違うけれど、漱石の気配を感じられる町。かつて、ウィーン郊外のベートーベンが遺書を書いた家を訪れたことがある。その近くに「田園の小道」と呼ばれる、彼が交響曲「田園」の構想を練りながら歩いた道があり、私は作曲家の気分で雪の降る中、往復した。漱石も小説の構想を練りながら散歩したのだろうか。
「あれは、なんだ」
キャンパス内を散策していると、木漏れ日の中で帽子をかぶった紳士に飛びかかる犬がいた。「上野英三郎博士とハチ公」と記されている。こんなハチ公像があったのか。渋谷のハチ公よりも若干大きく見える。尻尾を丸め、嬉しそうに飛びかかるハチ公と、カバンを置いて受け止める主人。その温かい瞬間に胸を打たれ、キャンパスを出た私は、地下鉄駅の入り口に背をむけ、タクシーを止めた。どうしても行きたい場所があった。
「手ぶらなんですけど」
そこは、銭湯。この汗だくの体を一回リフレッシュしたいのもあったが、なんというか、この町のバイブスが、私を裸の付き合いに誘った。街を知りたければ、銭湯に行けばいい、なんて誰かが言ってそうだが、それはあながち間違っていないのではないだろうか。久しぶりの銭湯。温泉に入る機会はあるが、銭湯は、温泉とは違う趣がある。
気性の荒い人がいるかもしれない。ローカルルールもありそうだ。シャワーの器具も独特で、座る場所ごとにT字の剃刀が置かれてある。常連の席なのではないかと恐る恐る腰を下ろし、体を洗ってから湯船に足を入れる。この日はたまたまワイン風呂になっていて、赤紫蘇のような色に染まっていた。
「あ“―」
午後2時を回ったところだった。午前中に家を出て、昼は鰻屋で一杯やって、午後は銭湯で湯船に浸かっている。漱石がいた時代に浸かるようだった。ほとんどが近所の方だろうか。同年代かそれ以上。喧嘩っ早そうにも見える。白い尻を晒して、熱心に髭を沿っている男たち。東京23区物語の残りのエッセーを銭湯巡りにしようかなと、10円玉を2枚入れ、ドライヤーで髪を乾かしている時だった。
「あんた、9チャンよく出ているよね」
タオルを腰に巻いた白髪の男性は、週に一度くらいの頻度でやってくるそうで、「銭湯が少なくなっちゃってね」と嘆いていた。以前は十数件あったそうだが、今では4件程になってしまったらしい。
風呂上がり。西日の降り注ぐ坂道を、壁の影を踏みながら降りて行った。鞄の中で、「代助」がのらくらしていた。
次回は、11月13日(水)10時公開予定です。
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ふかわりょう
1974年8月19日生まれ。神奈川県出身。
長髪に白いヘア・ターバンを装着し、「小心者克服講座」でブレイク。「あるあるネタ」の礎となる。現在はテレビ・ラジオのほか、執筆・DJなど、ただ、好きなことを続ける、50歳。
10月17日に『日本語界隈』(ポプラ社)、3月に小説『いいひと、辞めました』(新潮社)を刊行。その他の著書に『スマホを置いて旅をしたら』(大和書房)、『ひとりで生きると決めたんだ』(新潮社)、『世の中と足並みがそろわない』(新潮社)などがある。
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